東洋のガラパゴスの【あまんゆ(奄美の世)】から
東洋のガラパゴスと別名言われる奄美から日々心に思う事を、気ままに情報発信し、amami-inetとリンクしながら奄美人(あまみんちゅ)としての気持ちを伝えたい。
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田中一村バンザイ!
2007年06月11日 (月) 21:16 | 編集
田中一村終焉の家


全国的に知られている、田中一村奄美で生涯の活動を終えた。

本名 田中孝 明治41年7月23日、栃木県下都賀郡に生まれる。 幼い頃から画才を現し7歳のとき児童画展で文部大臣賞を受賞する。大正15年東京美術学校(現在の東京芸大)に入学し、日本画家を専攻、動機に日本画壇の主流を歩んだ東山魁夷らがいた。

しかし、入学後間もなく事情が重なり、わずか3ヶ月で中退。

昭和13年、東京から千葉に移住、その間、襖絵や天井画の作品を描く。
昭和22年、第19回青龍展に「白い花」を初出品し入選したが、以後画壇との接触を断ち筆一本の放浪の旅に出る。

昭和33年の暮れ、奄美を訪れた一村は、ここを終焉の地と定め、大島紬の染色工として働きながら、亜熱帯の野生的な植物、原色調の魚類、動物等を20年にわたる創作活動のモチーフとして約30点の作品を残し、昭和52年9月11日、69歳で孤高の生涯を閉じた。

亜熱帯の植物群を画面いっぱいに、しかも細密に描かれたその作品は、独特の幽玄さを秘め、笠利町に一村美術館があり、奄美に来た多くの人々を今も魅了している。
是非、貴方も一度みにきてね!!!




奄美での風景や動植物などの撮影や観光に関して興味のある方はご連絡下さい。 案内(ガイド)いたします
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