東洋のガラパゴスの【あまんゆ(奄美の世)】から
東洋のガラパゴスと別名言われる奄美から日々心に思う事を、気ままに情報発信し、amami-inetとリンクしながら奄美人(あまみんちゅ)としての気持ちを伝えたい。
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田舎の大都会
2007年06月21日 (木) 23:36 | 編集
田舎の大都会


田舎の大都会と題すると変な感じですが、奄美群島の中心奄美市名瀬(旧名瀬市)は奄美群島の政治経済の中心として機能しています。

最近では、大型クルーズ客船「飛鳥」なども寄航するなどして脚光を浴びています。 あの大型客船をじかに見たときの大きさに本当にびっくりしました。

何階建てに相当するのだろうか? 乗船客は何人ぐらいいるのだろうか? 何処からきたのだろうか? などと考えると楽しくなってくる。

8月2日より、奄美祭りが開催される

8月2日(木)島唄大会 13:00~21:30 (奄美文化センター)
8月3日(金)花火大会 20:00~21:00 (名瀬商港区)
       オリンピアパラダイス 16:00~21:45(御殿浜公園)
8月4日(土)舟こぎ競争 8:30~16:30 (名瀬商港区)
       八月踊り 20:00~22:00 (永田通り・支庁通り・本町通り)
8月5日(日)相撲大会 8:00~15:00 (名瀬中学校)
       パレード 1部楽隊 15:00~16:50(ふれ愛パーク~本町通り~屋仁川通り~保健所前~重信銃砲店前)
       2部踊り連・六調 17:00~18:15 (ふれ愛パーク~本町通り~屋仁川通り~保健所前~ふれ愛パーク)

奄美祭り一色のアツイ夏がもうすぐそこまで来ている。



奄美での風景や動植物などの撮影や観光に関して興味のある方はご連絡下さい。 案内(ガイド)いたします
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本当に梅雨なの?
2007年06月20日 (水) 23:45 | 編集
大浜海浜公園のブーゲンビリア


昨日に続き大浜海浜公園です
夏の花が満開で暑いです

今朝は、梅雨らしく雨がしとしとではなく豪雨の雨が降っていたのに午後になると、あの雨は何処に行ったのかと思うほどの晴天に変わり暑い

後しばらくすると、奄美地方は梅雨明け宣言が出るころですが、これがまた、梅雨が明けると毎日が猛暑の奄美の暑い夏が始まるわけです。

人は無責任に夏は暑いと騒ぎ、冬は寒いと不平不満を会うたびに挨拶代わりに言うけれど(当の本人も思っている・・・(笑い) )

奄美南国はやはり夏が最高、本当の島が見られるかも知れない。
瀬戸内町シーカヤック大会ももうすぐ開始される頃です。

今年は、久し振りにビデオを撮影しに行かなくっちゃ・・・
amami-inet.tvで公開しますね!!!  みてね



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夏本番 島民の憩いの場
2007年06月19日 (火) 23:13 | 編集
大浜海浜公園


奄美市の大浜海浜公園です。 夕涼みに多くの市民が集い、夕日の名所にもなっています。 運が良かったら沖に鯨が見えるかも知れません。

また、公園内には水族館タラソテラピーの「奄美の竜宮」もあり観光スポット的なエリアとなってます。

海水浴場でもあり、野鳥や花も咲き誇る場所となってます。
市内から車で15分ほどで行ける場所です。


以上のことから、若い子のデートコースなので、あんまり悪さしてはいけませんよ!




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奄美復帰の父 泉芳朗先生
2007年06月16日 (土) 23:54 | 編集
奄美復帰の父 泉芳朗先生


戦後GHQの統治下から奄美群島復帰の為に中心になって動いた泉芳朗先生

あのエネルギッシュな祖国復帰運動の力を今度は、奄美群島の島起しの為に、皆で力を合わせて頑張って行きたい。

おがみ山にたつ銅像に負けないように!
最近、中孝介の歌声が日本を始めアジア圏で注目を浴びているが、彼のように若い人材が今後も奄美から出てきてほしい。

この自然が多く残る奄美を子供たちに残していかなければならない。



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龍郷町指定文化財でーす
2007年06月15日 (金) 23:49 | 編集
仏像墓


龍郷町指定文化財の指定を受けている仏像墓です
龍郷町本龍郷の熊作に、等身大の仏像を刻んだ墓石と破風型の墓石、それに破風型の屋根の部分がぐずれている墓石の3基と塔1基がある。これらは1725年代の墓でゆかりある人々の墓といわれている。

石質は加治木石と見られている。 破風型の墓石のつくりは、県本土入来町の入来院墓地内にある破風型墓石と類似点がある。

当時の奄美にこれだけの彫刻を施した墓石は奄美で見当らない。 昭和40年代後半まで、墓地内は雑草や樹木におうわれ周囲は土砂が堆積していたが、龍郷町教育委員会の計画で、整備が進められて昭和54年12月20日に龍郷町指定文化財に指定され現在に至っている。

いずれも、笠利家十代頃の由緒ある人々の墓と考えられる。

何度も本龍郷には行っていたが、このような仏像墓は見たことがなく圧巻とされた。 今からさかのぼる事約300年も前の墓石や仏像を遠く離れた鹿児島から運んだのか、又、石仏像の見事な彫刻も関心させられる。

観光化(観光公園など)されていない奄美だからこそ、そのままの形で残っているのだろう。 もっと歴史の勉強をしなくては???



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